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東京高等裁判所 平成6年(ラ)252号 決定 1994年10月25日

抗告人

日本不動産クレジット株式会社

右代表者代表取締役

加藤幸一

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  申立て

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状及び理由書記載のとおりであり、その余の抗告人の主張の要旨は原決定記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、別紙請求債権目録記載の昭和六一年一二月八日付け金銭消費貸借契約成立後の昭和六二年一二月二一日、その連帯債務者である服部庸一(以下「庸一」という。)とその推定相続人である別紙当事者目録記載の債務者ら(以下、単に「債務者ら」という。)との間に別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき各持分二分の一宛の死因贈与契約が締結され、庸一の死亡を始期とする始期付所有権移転仮登記(持分各二分の一)がされたこと、庸一は平成五年五月九日死亡し、その法定相続人は債務者ら及び中鉢圭子の三名であったが、中鉢圭子は相続を放棄し、債務者らは限定承認の申述をしたこと、本件土地につき平成五年五月九日贈与を原因として同年八月四日受付で右仮登記の本登記がされたこと、別紙請求債権目録記載の公正証書につき債務者らに対して「庸一の相続財産の限定内において」強制執行できる旨の執行文が付与されていることが認められる。

2 ところで、限定承認がなされた場合、限定承認者は「相続によって得た財産」の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済することとされ(民法九二二条)、また、同法九二九条、九三〇条の規定によって債権者に弁済した後でなければ、受遺者に弁済することができないこととされている(同法九三一条)のであるが、死因贈与については遺贈の規定が準用されている(同法五五四条)上、本件におけるような場合において、死因贈与と遺贈とを別異に考えるべき合理的理由はないものというべきであるから、実質的公平の見地から、相続人が死因贈与を受けた財産は同法九二二条所定の「相続によって得た財産」に含まれ、死因受贈者は同法九三一条により被相続人の債権者に対する弁済がなされた後でなければ受贈を得られないものと解するのが相当である。

3 そうすると、債務者らが限定承認の申述をしていても抗告人は債務者らが死因贈与を受けた本件土地に対して前記公正証書に基づき強制執行できるものというべきであるから、前記のとおりの執行文によって抗告人が本件土地に対して強制執行することはできないものとして抗告人の強制競売の申立てを却下した原決定は失当であり、本件抗告は理由がある。

4  よって、その余の執行開始の要件を審査した上執行裁判所において強制競売開始決定をするのを相当と認め、原決定を取り消した上、本件を原審に差し戻すこととする。

(裁判長裁判官村田長生 裁判官伊藤剛 裁判官髙野伸)

別紙当事者目録

債権者 日本不動産クレジット株式会社

代表者代表取締役 加藤幸一

債務者 服部佐知子

同 服部哲也

別紙執行抗告状

抗告の趣旨

原決定を取消し、

債権者の申立てにより、別紙請求債権の弁済に充てるため、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者の所有する別紙目録記載の不動産について、強制競売の手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる

とする裁判を求める。

抗告の理由

原決定には、民法九二一条、同九二二条等の法令に係る解釈に誤りがある。

よって、原決定は取消さなければならない。

なお、抗告理由の詳細は別に理由書を提出して補充するので、申し添える。

別紙請求債権目録

東京法務局所属公証人家弓吉己作成昭和六二年第三〇八号の執行力ある公正証書正本に表示された下記金員。

元本 金三〇、〇〇〇、〇〇〇円

ただし、昭和六一年一二月八日付の金銭消費貸借に基づく貸付金残金一四〇、〇八三、一三九円の内金。

なお、債務者は、平成五年九月二七日に支払うべき利息金の支払いを怠ったので、約定にもとづき同日の経過により期限の利益を喪失したものである。

[債務者 服部佐知子に対し金一五、〇〇〇、〇〇〇円

債務者 服部哲也に対し金一五、〇〇〇、〇〇〇円

をそれぞれ請求する。]

別紙物件目録

1 所在 杉並区西荻南四丁目

地番 三番一

地目 宅地

地積 四四八、六九m2

持分 服部佐知子 二分の一

服部哲也 二分の一

別紙理由書(執行抗告)

1 「理由不備」の違法

原決定は、「債権者(抗告人)の主張(2)」について、「執行裁判所は、この主張も採ることができない」と判示するのみで、抗告人の「民法九二二条の『相続によって得た財産』とは広義における相続財産と解すべきだ」との主張に対しては何ら説示するところがない。

原決定は「ダメなものはダメ」と同語反復をなしているにすぎず、「何故ダメなのか」を全く判示していないのである。

申立却下の決定においては「具体的な理由を記載すべきである」(資料、なお資料)とされておるところ、原決定はこの要請に違背しており「理由不備」の違法がある。

2 主張の変更・「意見書」の援用

抗告人は原裁判所においてなした主位的主張と予備的主張とを交換し、次の通り主張を変更する。

「本件土地は、民法九二二条の『相続によって得た財産』に含まれる。

仮にこの主張が認められないとしても、本件限定承認は無効であって本件強制競売の申立ては認められるべきである。」

主張の根拠については、原裁判所に対しての申立てをそのまま維持し、原裁判所に提出した平成六年二月七日付「意見書」ならびに同年同月一七日付「意見書(Ⅱ)」を全面的に各援用する。

3 執行裁判所の職責について

「債務名義の内容については、当該名義に基づく強制執行を担当する執行機関が執行にさいしてこれを解釈認定する権限と職責を有する」(資料)とされている。

本件においても、本件土地が民法九二二条の「相続によって得た財産」に含まれると解すべきか否かを判断するのは執行裁判所の職責であると考える。この判断はすなわち、本件執行証書の執行文記載の「相続財産」の内実を確定することになるわけであり、まさに本件執行裁判所のなすべきことなのである。

執行裁判所といえども、一義的ではない法律要件の解釈に直面せざるを得ないこと(例えば代表的なものとして、民執法五五条の「債務者」・同法八三条の「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」等)は自明のことである(強制執行手続の争訟性を強調する論文として、資料)。この観点からすると、原決定はそのスタンスがやや及び腰であるかのような印象を与えるが、抗告人はこれを遺憾とする。

抗告裁判所におかれては、交換後の主位的主張について判断をなし得るのは本件抗告裁判所のみである[抗告人が相続人両名に対して別途給付訴訟なり、あるいは原決定の示唆する執行文付与の訴訟(民執法三三条一項の文言からは、可能か否かやや疑いがあるようにも思われるが)なりを提起しても、この問題は争点にはなりえない]ことにつき充分のご配意のうえ、慎重なご審査をお願いしたい。

4 実質的較量

実質的な較量からしても、抗告人の本件申立ては認められてしかるべきである。

仮に本件執行抗告が容れられない場合には、相続人両名の「狡智」はとりあえず奏効することとなるが、この事態は不正義である、と抗告人は考える。

この場合、抗告人が別訴を提起したとすれば、相手方は強制執行を受ける可能性を察知することとなるが、これが強制執行の密行性の要請に反することは明らかである。

この訴えの提起を受けて相続人両名が本件土地を処分する可能性も十分に考えられ(真実の処分に限らず、処分を仮装することもあり得る。担保権の仮登記なら一、〇〇〇円の登録免許税を負担するだけで可能である)、抗告人はこの執行妨害によって耐え難い不利益を蒙ることとなる。

この不利益を避けるためには、抗告人において仮処分の申立て等をなすことが必要とされることとなるが、相続人両名の「不誠実さ」の度合を考慮に入れた場合、抗告人にそれほどまでの負担を課するのはバランスを失するというべきである。

これに反して、本件競売申立てが認められたとしても、相続人両名が不服の場合には、開始決定に対する執行異議、売却許可決定に対する執行抗告等の簡便な対抗手段も認められているのであり、不誠実な相続人両名にこれらの手続をなすべき負担を課したとしても、決して不当ではないと抗告人は思料する。

以上申述べましたが、しかるべくご検討のうえ抗告の趣旨記載の通りのご判断を賜りたく、抗告をなした次第であります。

資料目録(Ⅲ)

基本法コンメンタール 民事執行法 一三九頁(大石忠生)

基本法コンメンタール 民事訴訟法(1)[第三版]

二四七〜二四八頁(和田日出光)

<現代法律学全集23>民事執行法[第二版]

一五〇〜一五四頁(中野貞一郎)

民事手続の現在問題「強制執行事件の性質について」

三六九〜三八八頁(中野貞一郎)

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